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市川孝典と鬼海弘雄。自身とお互い、そして表現と経験について

画家・市川孝典さんと写真家・鬼海弘雄さんのコラボレーション作品展「sprinkling A-side 市川孝典 × 鬼海弘雄」は、表現のテーマも媒体も、生きてきた時代も場所も異なる二人の作家の生き様が交錯した、一瞬の奇跡だった。
 
二人の作家の経歴はユニークだ。市川さんは13歳で単身ニューヨークへ渡り、欧米各地を渡り歩く中で絵を描くようになり、独学で『線香画』と呼ばれる技法を生み出した。鬼海さんは大学卒業後に就職した山形県庁を辞して、トラック運転手や遠洋マグロ漁船員など様々な職業を経た後に有名な浅草寺でのポートレート・シリーズを撮りはじめている。そんな画家と写真家が同じ空間に作品を展示するだけでも珍しいが、さらに本企画展では、鬼海作品をモチーフにした市川作品も展示された。これは鬼海さんの写真から受けたイメージを記憶から市川さんが描いたもので、一般的なコラボレーションとも異なる共作となっている。
 
そんな二人の作家について掘り下げるトークセッションが、共通の友人でもある小説家のいしいしんじさんと、森美術館のコンサルなどに携わるM&Iアートの岸田奈々さんを交えて開催された。そこで語られた市川さんと鬼海さんの言葉を、ここで綴ってみたいと思う。彼らの言葉から、それぞれの思いや互いの関係性を感じてほしい。
 
左から岸田、鬼海、いしい、市川の4氏
左から岸田、鬼海、いしい、市川の4氏
 
-なにが二人を巡り合わせたのか
 
市川:
初めて鬼海さんの作品に出会ったのは、いしい(しんじ)さんの家で写真集『ペルソナ』を見せていただいた時。すごく興味を持ったんだけど、紹介してもらって会うのではなく、機会を待っていたんです。そうしたら週刊誌AERAの取材が入ってきて、でもその企画は僕の作品の紹介ではなく僕自身にフォーカスをあてた取材だったので断りたくて、鬼海弘雄さんに写真をお願いできるなら、喜んで引き受けたいです、って無茶を言ったんです。そうしたら1週間後くらいに、取材の打ち合わせのために編集者とウチに来てくれて、僕はそのこと聞いていなくて。それが初めての出会いです。
 
鬼海:
初めて会った時には、線香で絵を描くって聞いて、どうやって描くんだと思って行ったわけですよ。なんで線香で焼く必要があるのか、カタチだけだと思ったわけです。そしたら実は全然違う。見せられた絵が凄いんだ。彼は本物だと思っているんです。
 
線香で焼かれた市川作品のディテール
線香で焼かれた市川作品のディテール
 
-鬼海作品を線香画で描くとは
 
鬼海:
私が2015年にパリで小さな展覧会をやった時に彼が来てくれて。彼はいつも黙って来るんだよ。そのときもフラって来て、『この作品をやってみてもいいか』って聞くから、『私は他人の顔を借りて作品にしているんだから、私がダメだっていうわけない』って言ったんです。そうしたら、1か月後には絵を持ってくるんだよ。びっくりするよね。
 
市川:
いままでは、自分が実際に経験してきたこと触ってきたものを表現してきたんです。けれど今回は、自分は経験してない、その場にいなかったんだけれど、映画や写真を見て、自分の中に嘘の体験として持っているものを、そのまま出そうと思って。それが鬼海さんとやるきっかけだったり。僕の記憶の中にある、僕が体験していないけれど体験した気になっている、鬼海弘雄の世界をここに作りたかったんです。
 
鬼海:
彼はね、写真をトレースして描くんじゃないんですよ。完全に記憶の中から、デッサンもしなくて、線香でディテールから作るんですよ。これはすごい、異常な才能だと思う。
 
市川:
黒くなっている部分は煤になるまで焦がしていて、薄いところは温度の低いお線香でふわっと柔らかくゴールドのような色彩を出しています。線香の温度で、鉛筆のようなグラデーションをつくって絵を描いてます。使う線香は60種類くらいです、温度の違いで。
一度、鬼海さんの写真をそのままプロジェクターで映写してなぞったら早いと言われて、やったんですよ。当たり前だけれど全部キレイになぞれて、短時間でできて、6時間くらいで1枚仕上げたの。そしたら全然人物が出てこなくて。写真のとおりなんだけれど、フォルムも狂って見えて、服の中に人はいないし、目もなんかわからないし。だから横着できないなって思いました(笑)
 

 
 
-二人の作品を展示して
 
市川:
普通の写真展だとシリーズごとに展示をすると思うんですけど、今回は無理言って全部ごちゃ混ぜ、年代もごちゃ混ぜだし場所もごちゃ混ぜにしました。僕の中の鬼海弘雄の世界は一緒くたなので、それを出したいと思ったので。
 
鬼海:
私は友情出演で何枚かと思っていて、私をフィーチャーしてなんて思ってないから、写真も選んでいなかったんですよ。何も用意してなくって、この写真なんかも80年代に焼いてるんですよ。写真集の原稿だったんです。
 
市川:
ここで(自分の作品と鬼海さんの写真を並べて)展示しているのを見ると、鬼海さんと被写体との距離感と、僕とモチーフとの距離感が全然違うと感じるようになって。鬼海さんはそこにいて、実際に写っている人たちと会っていてちゃんと生の経験をして、撮っている。だからこの人たちに対する敬意だとか気持ちがあって、少し距離を置いて見ていると思う。僕はそれを経験してないし行ってないしこの子に会ってないし、鬼海さんの写真集の中だけで見て会って、経験として取り込まれているから、圧倒的に近いんですよ距離が。ぴったり自分にくっついているようなものであって、この距離感の違いが面白くて、いやぁ僕天才だなと思って、こういう展覧会をしたのって(笑)
 

 
-鬼海弘雄の写真とは
 
鬼海:
写真はレンズ覗いてパチッと撮るわけですけど、写真家は(被写体を)探すって時間が圧倒的なんです。撮る時間は一瞬なんですけど。それで写真は一瞬を止めるわけですよね、1/250くらいで。一瞬を止めて、みなさんの心に吸着して、一瞬が永遠になると。ですからみなさんの心に吸着されないと写真じゃないと思ってますから。撮りたいのは現実のコピーじゃなくて、『私はいま思っているよりも生きるに値するんだ』って説得したいからなんです。
いい写真っていうのは、写真家がなに考えて歩いているかっていうのが見える写真なんですよ。写真と写真との間を想像させる。それは『私になってください』っていうことじゃなくて、みなさんがここにいるってことなんですよね。写真は特別、何も言ってないわけです。だけど、ちゃんと撮られた写真はずいぶん言葉を隠していて。だからほら、何回も見られるっていうのはそういうことだと思ってます。
写真をやめたくなる時もあります。疲れてやめようかと思うと、『もうちょっと待ちなさい』『あの角を曲がってごらん、すごい景色があるから』ってカメラが囁くんですよ。それに騙されて続けていると、写真の神様が微笑んでね。だから、滅多に撮れないことに、写真家は耐えることができる。1999年にポーランドで写真展をやって、そのときにアンジェイ・ワイダさん(ポーランドの映画監督)に会うわけですけど、浅草の人物をならべているのに『全部日本人かい?』って聞いたんですよね。そうだと伝えたら『なんと我々と似ているんだろう』って言われた時は、嬉しかったよね。褒めてくれて、あぁ、ちゃんと見てくれたんだって思って。まぁ、時たまやめたくなる時、そういう背中を押してくる悪い人がいるんだよね(笑)
 

 
-市川孝典の新作と鬼海弘雄のこれから
 
市川:
新しい作品では和紙を使っているんですよ。あと画材としてはインクとアクリル絵の具とチョーク。インクは紙の後ろに入っていて、表面には出てこない。アクリル絵の具は表面に層を作っていて、チョークは白い部分を作るのに使っています。それを、電動サンダー(電動ヤスリ)を使って壊していくんです。インクは後ろから層になるように入れているので、削ったときに層が出てきて、モヤがかかったようになる。表側のアクリルはエッジの効いた層ができる。そういうのを使い分けながら、記憶のモヤモヤした感じとか、僕の経験していない、経験した気になっている嘘の状態を表現しています。
 
鬼海:
人間が持っているモヤモヤを誤魔化さないで、抽象っていうカタチにしないで、あくまで具象の中で普遍性を手にする芸術。だから彼は凄いんだよ。新しい作品も嬉しい驚きです。
 
市川:
褒めてもらって嬉しいです。褒められるの大好きです(笑)
 
鬼海:
僕は死ぬ前に一度、誰もが使っているデジタルカメラで、カラーで、『人間って生きてていいんだよ』っていう作品を1冊作って、遺言にしたいと思っています。その写真を見て、明日にでも自殺しようかな、リストカットしようかなとかって思っている人が、『ちょっとやめようかな』みたいなカタチで。特別な、大げさな意味じゃなくて、普通に生きるってことはわりかし楽に呼吸することだって。デジタルカメラで、それを1冊作りたい。
 

新しい技法について解説する市川氏
 

線香画とは全く異なるディテール
 
【市川孝典(いちかわ・こうすけ)】
日本生まれ、画家。13歳の時に鳶職で貯めたお金をもって単身ニューヨークへ渡る。独学で絵画制作に取り組み、線香の火をつかって描くスタイルを確立。その作品は国内外で熱い注目を浴びている。
 
【鬼海弘雄(きかい・ひろお)】
山形県出身、写真家。大学卒業後、山形県庁職員、トラック運転手、造船所工員、遠洋マグロ漁船乗組員などを経て写真家となる。1973年より浅草寺で人物写真を撮りはじめ、2004年には写真集『PERSONA』で第23回土門拳賞を受賞。
 

 
原稿・写真=小野光陽
Text&Photograph/Koyo ONO
※一部敬称略