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小山田圭吾のいじめエピソード9選!犯罪級の行為がかなりヤバい!

小山田圭吾

ミュージシャンの小山田圭吾さんの学生時代のいじめが話題になっています。

和光大学付属の小・中・高校時代に、いじめの加害者であったことが1994年の雑誌「ロッキンオン・ジャパン」で掲載されているのです。

今回は小山田圭吾さんのいじめの内容がかなりひどいものであったことや、当時反省している様子がまったくなかったこと、発言の一つ一つに品生が感じられないことなどをまとめました。

小山田圭吾のいじめエピソード9選!犯罪級の行為がかなりヤバい!

小山田圭吾

小山田圭吾さんのいじめエピソードは以下の通り。

  • 学校で全裸にする
  • 排泄物を食べさせる
  • 段ボール箱に閉じ込めてガムテープでぐるぐる巻き
  • マットレスでぐるぐる巻きに
  • 跳び箱の中に閉じ込める
  • ガムテープでぐるぐる巻きにして自慰行為をさせる
  • 布団でプロレス技をかける
  • 障がいのある人をバカにする
  • 在日朝鮮人の生徒を騙して食い逃げ

読むだけでも犯罪級のかなりヤバいやつということがわかります。

学校で全裸にする

障がいのある沢田さんという生徒を全裸にして、廊下を歩かせていたということを雑誌で語っています。

ジャージになると、みんな脱がしてさ、(中略)女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。

高校生の知的障害のあるクラスメイトを全裸にして廊下をあるかせたことがあると語っていたのです。

知的障がいがあるため本人にとってはどうでもいいことだった、女子の反応が面白かったとインタビューに答えていました。




排泄物を食べさせる

いじめの内容では排泄物を食べさせたこともあるというエピソードも。

「うん。もう人の道に反してること。(中略)ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ」

かなりやっていることが残忍ですよね。

想像するだけで胸がいたみます。

段ボール箱に閉じ込めてガムテープでぐるぐる巻き

小山田圭吾

段ボール箱に障がいのある沢田さんを無理やり入れて、ガムテープで縛ったこともあったそうです。

息ができるように空気穴を開け、そこに黒板消しでパタパタとチョークの粉が入るようにしたことも楽しそうに語っていました。

時間が経ってくると、何も反応がなくなり、ガムテープだけ外して教室の外から様子を見ようとしたということも話しています。

段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、「おい、沢田、大丈夫か?」とか言うと、「ダイジョブ…」とか言ってんの(笑)そこに黒板消しとかで、「毒ガス攻撃だ!」ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、「ヤバいね」「どうしようか」とか言って、「じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう」って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな…?何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、「おかあさ〜ん」とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。

罪の意識を持って話しているのならともかく、面白おかしく語っている点を見ると反省はしていないことがわかります。




マットレスでぐるぐる巻きに

マットレスでぐるぐる巻きにしていたこともありました。

マットレスでぐるぐる巻きにした圧迫で亡くなった事故もありますよね。

命の危険性のあることもいじめの内容としてやっていたそうです。

太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。体育倉庫みたいなことろでやってたの、クラブ自体が。だから、いろんなものが置いてあるんですよ、使えるものが。だから、マットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、(中略)マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバイよね、きっとね(笑)。

マットの上からプロレス技もかけていたことがわかっています。

何も事故がなかったにせよ、された側は苦しかったでしょうし痛かったでしょうね。




跳び箱の中に閉じ込める

小山田圭吾

跳び箱の中に閉じ込めていたこともあったそうです。

太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。(中略)跳び箱の中に入れたりとか。

跳び箱の中に無理やり入れられた人は傷ついたでしょうし、一生忘れることはありませんよね。




布団でプロレス技をかける

修学旅行の部屋でも暴力行為をしていたことがわかっています。

沢田さんにプロレス技をかけてバックドロップなどの激しい技をかけていたそうです。

だけどそいつ(注・村田君)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつにプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。
それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。

内容もひどいのですが、このインタビューの文面から伝わる悪意をものすごく感じますよね。

”(笑)”という文字が入っているため、このインタビューも笑いながら武勇伝のようにはなしていたのではないでしょうか。

その思考回路が怖いです。




障がいのある人をバカにする

インタビューの中には障がいのある人をバカにするような言葉もありました。

障がいのある沢田さんはよく図書室にたまっていたそうです。

図書室が憩いの場になっていた沢田さん始め他の障がいを持つ生徒たち。

その図書室をおもしろ半分でみに行ったことを楽しそうに語っていました。

「みんなで見に行こう」「休み時間は何やってるのか?」とか言ってさ。そういうのを好きなのは、僕とかを含めて三、四人ぐらいだったけど、見に行ったりすると、そいつらの間で相撲が流行っててさ(笑)。図書館の前に、土俵みたいなのがあって、相撲してるのね。




在日朝鮮人の生徒を騙して食い逃げ

在日朝鮮人の生徒を騙して食い逃げしたこともありました。

門限が5時で親が厳しかった朴さん(仮名)。

無理やり引き止めて喫茶店に入って5時すぎたら「じゃあ!」とか言っておいて帰っていたそうです。

あと、こいつの家は親がきびしくて、門限が五時とか。で、無理やりひきとめてサ店とか入って、食うだけ食って五時過ぎたら「じゃあ!」とか言って(笑)

門限が厳しかったのに、おもしろがって呼び止めて喫茶店に入って、朴さん1人をおいて食い逃げしていたことがわかっています。




小山田圭吾のいじめエピソード!反省していない態度が酷すぎる!

反省していない態度は節々に伝わっていました。

「うん。いじめてた。けっこう今考えるとほんとすっごいヒドイことしてたわ。この場を借りてお詫びします(笑)だって、けっこうほんとキツイことしてたよ」

また、会ったら何を話します?というインタビュアーの質問に対して

あやまるかなあ、スパイだったとしたら(笑)。とりあえず「ごめんなさい」って。でも、そんな朴とか、一緒に遊んでたからな。あやまるっていう程でもないかな。

と答えていました。

遊んでいたから謝るほどでもないそうです。




小山田圭吾の考えが下品すぎてヤバい

小山田圭吾さんの発言が下品な点をまとめました。

ダウン症をバカにする

インタビューの中ではダウン症の人をバカにする言動も

タバコ吸ってたり、ボーッとしてたりなんかするとさ、マラソンしてるんですよ、その養護学校の人が。で、ジャージ着てさ、男は紺のジャージで、女はエンジのジャージで、なんか走ってるんですよ。で、ダウン症なんですよ。
「あ、ダウン症の人が走ってんなあ」なんて言ってタバコ吸ってて。するともう一人さ、ダウン症の人が来るんだけど、ダウン症の人ってみんな同じ顔じゃないですか?
「あれ? さっきあの人通ったっけ?」なんて言ってさ(笑)。ちょっとデカかったりするんですよ、さっきの奴より。次、今度はエンジの服着たダウン症の人がトットットとか走っていって、「あれ? これ女?」とか言ったりして(笑)。最後10人とか、みんな同じ顔の奴が、デッカイのやらちっちゃいのやらがダァ〜って走って来て。「すっげー」なんて言っちゃって(笑)

この内容を雑誌のインタビューで語っていました。

年賀状についてもバカにする

また障がいのある沢田さんについては

それで、年賀状とか来たんですよ、毎年。あんまりこいつ、人に年賀状とか出さないんだけど、僕のところには何か出すんですよ(笑)。で、僕は出してなかったんだけど、でも来ると、ハガキに何かお母さんが、こう、線を定規で引いて、、そこに「明けましておめでとう」とか「今年もよろしく」とか鉛筆で書いてあって、スゲェ汚い字で(笑)。

と語っていたのです。

いじめていた人と対談する企画も

いじめの明らかな加害者だった小山田さん。

この雑誌の企画で、いじめられていた人と対談する企画が持ち上がります。

しかし、いじめられていた本人や家族が断ったり、音信不通になっていたことから対談は実現しませんでした。

対談が実現していたら1994年当時どんな展開が待っていたか恐ろしいものがありますね。

ダウン症をバカにする発言や障がいをもっていたクラスメイトからの年賀状についてバカにしているところから小山田圭吾さんの品生が見えたインタビューでした。




小山田圭吾のいじめ!現在は穏やかな性格!?

当時はいじめを正当化していたような、いじめていた自分がかっこいいような雰囲気を出していた小山田圭吾さんですが、現在は穏やかな優しいのようです。

トークショーに参加した人は、優しい人だったという声がありました。

小山田圭吾さんを見たことで、優しい気持ちになれたそうです。

2021年現在52歳で、インタビューの1994年当時24歳だった小田山圭吾さん。

当時は若気の至りのようなものもあったのでしょうか。

東京五輪のパラリンピック開会式の楽曲提供も決まっていることから今後の小山田圭吾さんについて目が離せません。

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